自分が育った家や土地は懐かしい思いがしみこんでいるかけがえのないものだ。両親が元気なうちはもちろんだが、子どもが実家を財産という視点で見ることはめったにない。ところが、それが『遺産』となったときに話は突然違ってくる。
何の努力もなしにまとまったお金や財産を手にするチャンスというのは、人生にはそうめったにあるものではない。父親が残した財産をすべて母親が使うというのなら誰も文句はないが、きょうだいの1人でも「ほしい」と主張すれば、ハイそうですかと素直に譲れないのが人情というもの。
遺産相続を受けるきょうだいが幼い場合や1人っ子は別として、これがお金の力やお金を稼ぐ苦労を知った30代ともなると、いろいろ複雑な思いも重なる。結婚している姉や兄の独身の弟の組み合わせなど子ども同士の立場が異なる場合は、夫や妻のアドバイスや家庭の事情なんかも加わってさらにややこしくなる。
「子どもは平等だ」というスタンスをとる者、「老親と同居していた自分が多くもらわなければ、苦労をかけた妻に申し訳がたたない」と主張する者、「この際、みんなで権利放棄して残った母親にすべてを渡そうよ」と言いながら自分だけの放棄は拒否したりする者もいるから、やっぱり多少のゴタゴタは避けられない。
親側としても、「生前にキチンとすべきが信条。亡夫の財産処理で苦労したので」「兄弟間のあつれきを避けるよう事前によく打ち合わせておきたい」「財産処理は自分で決めることで、子どもには関係ない」「親からもらわないし子にも譲らないつもり」など、いろいろ考えている。,br>
子ども側も「親のお金は親自身のためのもの」「遺産相続で姉ともめたくないので、どんどん使ってほしい」に代表される意見が圧倒的に多いのだが。きょうだいは他人の始まり・・・という格言は遺産相続の場でつくられたのではないだろうか。
民法が改定されて相続と扶養を分けて考えるようになったとはいえ、親の面倒をみる子どもには財産を残してやりたいというのが親ごころだろう。子ども側にしても、わずかな貯金と住んでいる家しか遺産がないような場合は分けにくいので、生前に親子できちんと話し合っておかないと、仲のよいきょうだいでももめることになる。
そこで役に立つのが遺言だ。「同居して世話してくれた長女夫婦に土地を譲り、長男と次女には預金を」「同居して世話をしてくれた長男に財産の3分の2を与え、残りを次男と三男に」といった遺言があれば不動産の相続もスムーズに運ぶ。ただし、親からの口約束だけでは法的効力がないので、きちんと文書にしておいてもらうこと。
もしも、親の言葉と遺言状のないようが違った場合は、遺言状のほうが有効になる。
以前は、一部のお金持ちにしか縁がなかった遺言だが、最近ではサラリーマンの中にも遺言を書く人が増えてきている。
1993年の公正証書遺言の作成者は、史上最高の4万700人強にものぼった。家庭裁判所に持ち込まれる遺言相続をめぐるトラブルは、正式な遺言状がなかったケースが多いから、もめそうな場合はやはり書いておいてもらったほうが安心だろう。
ではどう書けばいいか。法律的に効力を発揮させるためには正確が第一で、人の名前は正しく、譲る不動産は番地まで細かく書き、預金通帳は口座番号まで明記する。訂正する場合は訂正印を押すことも忘れてはならない。書く内容として有効なのは「遺産の相続・寄贈」「遺産分割方法の指定」「相続分の指定」「祖先祭祀の主催者の指定」「子の認知、相続人の廃除」「遺言執行者の指定」など。
自分で書いて保管しておく自筆証書遺言という方法が一番簡単だが、欠点は書き方が不備だったりしてトラブルがおきやすいこと。一番きちんとしているのが、公証役場に行って公証人の前で口述して作成してもらう公正証書遺言。しかし、遺言の内容を人に知られてしまうので、それが嫌ならば自分で書いた遺言状を公証役場で承認してもらう秘密証書遺言がトラブルが少なくて済む方法だ。
ただし、遺言状が絶対というわけではない。親の思いだけで、財産を1人の子どもに集中させたり、愛人に全財産を譲るといった遺言では、あまりに不公平だ。そんな場合に備えて、妻子など法定相続人のためには遺留分といって、相続を最低限もらえる権利が保証されている。それでも「次男にだけは絶対に相続させたくない」というような親の強い意志があるならば、あらかじめ弁護士など専門家に相談したほうがいい。